ザ・シンプソンズの数学ユーモア 『面白いとわかる奴だけ笑え』

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『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち』(サイモンシン著)を楽しく読んでいます。
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“シンプソンズ”は、テレビ放送史上もっとも成功した娯楽番組と称されます。
しかしちょっと待って下さい。私たちはその名前を聞いたことがありません。”シンプソンズ”とは何ですか?コメディドラマ?ホームバラエティ?

いえ、アメリカのアニメーション作品です。1989年から今日まで続いている同作品は、20以上の言語に翻訳・放映され、競争の激しいアメリカ放送界において数々の名誉ある賞を受賞しています。

「アニメーションが?そんなばかな。一体どんなアニメなんだ」

世界的に有名な作品ですが、日本での放送はBSやCSに限られていました。しかしあなたもシンプソンズのキャラクターを一度は目にしたことがあるはずです。この顔に見覚えがありませんか?

(画像)The Simpsons family –wikipedia

私は書籍を購入してから「シンプソンズ」と画像検索して、「ああ、これか!」と合点しました。日本では清涼飲料水CCレモンのCMでお馴染みですね。

さて、このシンプソンズは長寿番組ではありますが、日本の「サザエさん」とは異なり、その内容はお下劣なドタバタ喜劇アニメのようです。私もいくつか視聴しました。子供が楽しめるのは明らかですが、強烈な社会風刺が含まれていて、大人でも楽しめます。

しかし驚くべきは、このアニメを哲学的・心理学的、果てには宗教的に考察する人が大勢いることです。実際に、『ザ・シンプソンズと哲学[The Simpsons and Philosophy](2001)』、『ザ・シンプソンズの心理学[The Psychology of The Simpsons](2009)』、『ザ・シンプソンズの福音書[The Gospel According to The Simpsons](2001)』などの著作が存在します。世界的に有名なアニメは、同時に世界的な考察対象となったのです。なぜこの作品は世界に通用するのだろう、と。

左:The Simpsons and Philosophy: The D’Oh! of Homer (Popular Culture and Philosophy)
中:The Psychology of the Simpsons: D’oh! (Smart Pop Series)
右:The Gospel According to the Simpsons: The Spiritual Life of the World’s Most Animated Family (Gospel According To…)

冒頭に戻りましょう。
『数学者たちの楽園 「ザ・シンプソンズ」を作った天才たち[The Simpsons and Their Mathematical Secrets]』の著者サイモン・シン氏は、アニメそれ自体ではなく、アニメを作る人、すなわち脚本家チームに注目します。するとどうでしょう。チームには数学、物理学、コンピュータ科学など、強力な数学的バックグラウンドを持つメンバーが何人もいて、彼らは実際に「シンプソンズ」の中に数多くの数学的ジョークをちりばめていたのです。

ここで興味深いのは、脚本家たちのスタンスです。先述したとおり、シンプソンズは大勢の人の目からみれば、「お下劣なドタバタ喜劇アニメ」または「社会風刺アニメ」として楽しめます。しかし彼らは、その”大勢の人”が決して注目しないであろう、一瞬の数式にこそ格段のこだわりを持っていたのです。まさに「面白いと分かるやつだけ笑え」というスタンスです。私の好みは下記のものです。

すいません、昨日はできたんですが…

リサ・シンプソンは、シンプソン家の長女。8歳の小学2年生。超理系の天才児で、数学は既に大学レベルに達しています。

『マネーバート』(2010)の回では、エリート私立大学に進学した卒業生が、母校訪問として彼女の小学校を訪れます。そこでネルソンという生徒が、そんな輝かしい卒業生に取り入ろうと、自分が秀才のリサと友達であるかのように振る舞うのです。ネルソンはリサに、数学の実力を披露するよう促します。

ネルソン
「リサは文字を使う数学ができるんです。ほら!xはいくらだい、リサ」
リサ
「それは場合によるわ」
ネルソン
「すいません、昨日はできたんですが」
(引用)「数学者たちの楽園 『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち」-新潮社

サイモン・シン氏は、「シンプソンズ」で用いられた様々な数学的ジョークを拾い上げ、数学史を踏まえてこれを丁寧に解説していきます。数学を知らなくても面白いと思える内容です。最後に本書から1つだけ、特に面白いと思った例を紹介しましょう。それは『フェルマーの最終定理』に係る”いたずら”です。

ホーマーの最終定理
ホーマー・シンプソンは、シンプソン家の主。子供の頃に鼻から突っ込んだクレヨンが脳に刺さったのが原因で、頭が悪くなってしまいました。にも関わらず彼は機会を見つけては様々なものを発明します。

『エバーグリーンテラスの魔法使い』(1998)の回でも、ホーマーはエジソンを目指してたくさんの発明をしました。彼が研究に没頭していたとき、その黒板に書かれた数式は、まさに数学的ジョークのオンパレードです。

とりわけ面白いのが2番目の式398712+436512=447212です。当時、多少の数学的知識を持っていた視聴者は、きっと驚いたことでしょう。

「なんてこった、『フェルマーの最終定理』をひっくり返しやがった!」

フェルマーの最終定理とは

『フェルマーの最終定理』は、17世紀のフランス数学者ピエール・ド・フェルマーが残した「xn+yn=zn(n>2)には整数解が存在しない」とする命題である。

(画像)ディオファントスの『算術』(1960) -wikipedia public domain
多忙な弁護士だった彼は、わずかな暇を見つけては数学に没頭していた。彼は問題を解くことを愛し、既存の問題と解答から、更に難しい問題を思いつき、それに取り組むこともあったという。豊富な問題が収録されたラテン語版『算術』は、彼にうってつけの本であり、フェルマーはこの余白に論法やコメントを書き込みながら数学を楽しんだ。

後にフェルマーの息子が、この興味をそそる書き込みを後世に残すべきと判断し、もとの『算術』に父親の書き込みをすべて添えたものを新版として刊行した。しかしここで問題があった。フェルマーは、あくまで個人として数学を楽しんでいたため、命題に対し「解法を発見した!」と残すだけで、肝心の証明を書かなかったのだ。数学者たちはそれでも、彼の与えた命題を次々と証明していく。だが遂に最悪の事態が発生する。「xn+yn=zn(n>2)には整数解が存在しない」とする命題を、誰も証明することができなかったのだ。唯一残されたこの方程式が、『フェルマーの最終定理』と呼ばれるようになった。

これについてフェルマーが残したコメントは、多くの数学者の機嫌を悪くさせたに違いない。そこにはラテン語で次のように書き込まれていた。

「わたしはこれに対する真に驚くべき証明を見出したが、余白が狭すぎるのでここに書くことはできない」

1995年、イギリスの数学者アンドリュー・ワイルズが7年もの歳月を掛けて、遂にこの証明に成功した。

そう、ホーマーの書いた黒板には、本来あるはずのない『xn+yn=zn(n>2)』の整数解が書かれていたのです。視聴者は「どうせ適当な式だ」と電卓で計算すると驚きました。なんとホーマーのこの等式が成り立ってしまうのです!
これは一体どうしたことでしょう…?

サイモン・シンの著作たち
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ところで疑問に思いませんか。私は購入の瞬間には「シンプソンズ」が何か知りませんでした。それでも読みたいと思ったのは、これがサイモン・シン氏の作品だからです。

サイモン・シン[Simon Singh]氏をご存知でしょうか。
彼の代表的な著作を紹介しましょう。

  • 『フェルマーの最終定理』
  • 『暗号解読』
  • 『ビッグバン宇宙論』
  • 『代替医学解剖』
  • 『シンプソンズ 数学者たちの楽園』

専門分野の人しか関心を抱かないであろうタイトルが並びますが、難しいと思ったあなたにこそ、これらの著作はオススメです。驚くべきことに、氏はこれほど奥深い題材らを「面白く」まとめることに成功しています。

例えば『フェルマーの最終定理』では、ピエール・ド・フェルマーと、それを証明したアンドリュー・ワイルズだけでなく、古代ギリシアから現代に至る”数学史”という広大な観点から問題を俯瞰します。内容も専門的ではなく、それはまさしく学者たちのドラマです。歴史と人物とに重きを置く氏の著作は、現在の知識が古代からの積み重ねによるものであることを実感させてくれます。是非、どの著作でも良いので手にとって読んでみてください。ワクワクする物語に手が止まらなくなるでしょう。

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