知的財産があなたにその商品を購入させる

知的財産

新しいスマートフォンの購入を検討しているA子さんは、品揃えが多いことで有名な某家電量販店にやって来ました。そこには最新機種がずらりと並んでいます。噂通りの品揃えです。

あっ、新しいiPhoneがある
スマートフォンには特別詳しくないA子さんですが、iPhoneは知っています。彼女の持っている端末は、その数年前のモデルなのです。
新しくするなら同じiPhoneにしたほうが良いのかな。これもオシャレね
隣にあった端末は、とても変わった形をしています。画面の端がカーブを描くように曲がっているのです。
なにこれすごい!掴んだ時に指先でここから操作できるんだ。面白い形ね
独特な形は関心を惹くのに十分でしたが、それでも手に余る大きさが彼女を悩ませました。数歩下がって、改めて売り場を俯瞰します。
小さくて、軽くて、シンプルなものは…
自ずと候補が3つに絞られました。1つはiPhone、1つはA子さんの知らないメーカー、1つは格安スマホ。
大きさはどれも良いんだよね。でも、この安いスマホは動きがなめらかじゃないな
候補は2つ。iPhoneと未知のメーカーのもの。
動きはどっちもなめらか。どっちも軽い。さて、どうしようかな
決断にはそれほど時間は掛かりませんでした。
まあでも、Appleだしこっちにしよう
A子さんはiPhoneを選びましたとさ。

何があなたにその商品を購入させるのか

今回の目的は、私たちに身近な購買活動を通して知的財産権を学ぶことにあります。

あなたは何を重要視しているか

あなたが商品を購入するとき、最も重要視するものは何ですか?
あなたも固有の尺度を持っていることでしょう。シンプルなもの、派手なもの、高性能なもの、安いもの、ブランドもの。あるいは好きな企業、好きな国、好きな人物など。たくさんある商品の中から、「“それ”を選ぶ決め手」となるものが何かあるはずです。A子さんの場合は、『小さい』『軽い』『シンプル』で対象を絞り込み、Appleという『ブランド』で購入に踏み切りました。スマートフォンに限らず、あなたも買い物で似たような経験をしたことがあると思います。

商品の魅力は「設計」されるもの

消費者の関心を惹くデザイン・機能などは、地道な企業努力によって完成した、知的財産です。商品の魅力は、消費者が見出すものではなく、度重なる検討によって「設計」されるものなのです。『デザイン』『性能』『ブランド』は、人々の購買意欲に大きく作用する要素といえます。なぜなら、これらを有していない商品は、多くの場合、消費者の意識的視界に入ることすらできないからです。A子さんの訪れた家電量販店には、豊富な商品がありましたが、彼女の視野が捉えたのは『小さくて、軽くて、シンプルな』スマートフォンだけでした。

知的財産の保護
今回は、なぜ『デザイン、性能、ブランド』が重要なのか、またそれを権利として保護する必要があるのかを、知的財産の観点から考えてみましょう。
特許権、実用新案権、意匠権、商標権をあわせて産業財産権(知財四権)といいます。これらは産業の発達に寄与する知的財産権です。しかしどのように「産業の発展に寄与」するのでしょうか。彼らの創作物・発明を保護し、活動を継続してもらうのです。個人といえども企業といえども、作品に対する一定の利益がなければ、活動を続けることはできません。これらの権利には、権利者の経済的利益を守る効果があります。
デザイン

デザインは、視覚を通して、あなたの購買意欲を最も直接的に刺激する要素です。「その商品のデザインが気に入ったから購入した」という経験は誰にでもあるでしょう。目の前に同じような商品が2つあれば、あなたはより自分好みのデザインを選ぶはずです。洗練されたデザインは、それがただの形や模様あるにも関わらず、商品それ自体の清潔感・高級感を演出します。これは私たちに身近な雑貨から高級品全てに言えることです。デザインは、残酷なまでに商品の売上に影響します。仮にそれが本当に良い商品でも、見た目が悪ければ、今日の消費者はそれを「怪しくて、質の低いもの」と判断するのです。消費者に受け入れられる見た目にデザイン[Design]するのは、もはや前提となり、これを満たせないと多くの場合、門前払いを食らってしまいます。デザインがどれほど重要なのかは明白ですね。

意匠とは

物品あるいは物品の部分における形状・模様・色彩に関するデザイン。
(出典)特許庁「意匠登録制度の概要

意匠は、主に工業デザインを保護するために用いられる権利です。優れたデザインは他社との差別化にも役立ち、市場の優位性を確保することができます。しかし意匠は商品の外観であるため、非常に模造されやすい特徴があります。特許など高度な発明とは異なり、デザインとして万人の目に露出しているため、技術的な知識を有さない人にも容易に真似されてしまうのです。実際に、偽ブランドバッグや偽iPhoneなど、有名商品を真似した模造品被害が相次いでいます。

部分意匠

商品の魅力は常に全体像だけとは限りません。各商品には、それぞれ機能の肝となる部分が存在するのです。ペンのグリップ部分や冷蔵庫の操作パネル付きの取っ手、理容用ハサミの持ち手部分など。他社との差別化のために、商品のある一部分について特徴的な機能を付することがあります。全体像が違っても、開発に力をいれたこの部分が模倣されていては、保護の意味がありません。侵害者は様々な商品から「いいところ取り」ができてしまいます。そこで登場するのが「部分意匠制度」です。これにより、商品全体だけでなく一部分についても保護することができるのです。いいところ取りをする侵害者も意匠権侵害で排除できます。

この部分意匠は、意匠出願全体の4分の1にも及びます。目に見えるものについて、出来る限り権利化をしておかないと、侵害者の模造品生産を許してしまいます。

関連意匠

意匠権の効力は類似商品にも及びます。しかし類似範囲内で他社が別の意匠登録をする可能性もあり、その場合、本来効力が及ぶはずだった類似範囲が他社の権利分だけ狭くなってしまいます。これを避けるためにあるのが「関連意匠制度」です。
関連意匠制度では、デザイン開発の過程において、1つのデザインコンセプトから創作された複数のバリエーションのデザインについて、それぞれ独自の意匠権を得ることができます。つまり、あらかじめ類似範囲に関連意匠を登録しておくことで、類似範囲への他社の介在を防ぐことができるのです。

性能

特徴的な構造や斬新な機能は、人の好奇心を掻き立てるものです。冒頭の例に挙げたiPhoneは、まさしくこの理由から、発売してすぐに世界中で人気を博しました。スティーブ・ジョブズによる初代iPhoneのプレゼンは、半ば伝説として多くの学生や関係者に繰り返し視聴されています。彼はプレゼンの中で、Appleが新技術『マルチタッチ[Multi-Touch]』を開発したと発表します。極めて高い精度で複数の指を感知し、ミスタッチには反応しない。「特許も取得済み!(Patented!)」と言うと会場は笑いに包まれます。

テクノロジー分野は、依然として指数関数的な進化を続けています。毎年発表される機器に人々は熱狂し、それを買い求めるのです。他の分野にしてみても、機能的なバッグや、新素材を用いた服など、他とは異なる性能を持つ商品は自ずと注目されるものです。より高い利便性を求める今日の消費者は、これを重要視する傾向があるといえるでしょう。

特許権

特許権は、新しい発明を創作した者に与えられる独占権です。権利侵害者を、差止請求権(侵害品の製造販売を中止させる)や損害賠償請求権(侵害によって受けた損害を賠償させる)で排除できる非常に強力な権利です。また特許権者は、税関長と連携して、権利を侵害する貨物の輸入を差止めることができます。

特許は誰でも閲覧することができます。上記で例にあげたAppleのマルチタッチ特許(US7479949号)も例外ではありません。スマホ製造に不可欠な技術を複数備えた同特許を巡って、Appleは複数の特許侵害訴訟をスマートフォンOEM各社に起こしています。
(画像)Touch screen device, method, and graphical user interface for determining commands by applying heuristics -Google特許検索より

ライセンス契約

「発明を独占してしまうと、産業の発展をむしろ阻害するのでは?」と思われるかも知れませんが、特許は必ずしも独占的ではなく、ライセンス契約を結ぶことでその発明を利用することができます。この場合、ライセンスする側(ライセンサー)と、ライセンスを受ける側(ライセンシー)のメリットは次のようなものになります。
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もし特許制度がなかったら
もし特許制度がなければ、発明は直ぐに盗まれ、利益を減らされた企業は継続的な研究開発を行うことができなくなります。またライセンス契約がなければ、権利紛争だらけになり、産業は鈍重なものになるでしょう。特許として発明が公開されなければ、A社がとっくに完成させている発明について、B社が重複して発明を始めるかも知れません。このように発明が特許として整備されていないと、産業は無駄だらけになり、やがては停滞してしまいます。
特許制度があることで、産業界全体の技術を把握できるようになり、A社の発明を利用したB社がより素晴らしいものを開発する可能性があります。その場合、B社はA社のおかげで発明までの過程を大幅に短縮することができるのです。
ブランド
ブランドを最重要視する人は珍しくありません。ブランド物の時計やバッグは、やはり自慢になります。しかしなぜ私たちはロゴを見ただけで、それが高級品だとわかるのでしょうか。それは私たちが、その会社の製品の品質を知っているからです。冒頭の例においてA子さんが最終的にiPhoneを購入すると決めたのは、それがAppleの製品だったからです。A子さんは実際にApple製品を利用したことがあり、その品質を知っていました。もう一方の知らないメーカーと比べた時、あのリンゴマークに安心感を得たのです。

ブランドには非常な価値があります。あなたは世界一の億万長者で、これから財力を活かしてスマートフォン市場に参入します。優秀な技術者、有能な従業員、最新の技術を直ぐに揃えました。しかし、ここでいくらお金を払っても手に入れられないものがあります。それがブランドです。ブランドは、まさしくその会社の歴史の結晶なのです。私たちがあのリンゴマークを見ただけで、Apple computerを連想することができるのは、Appleがあのロゴの下で多くの素晴らしい製品を発表し、信頼と支持とを獲得してきたからです。MacintoshやiMac、iPodやiPhoneなど。私たちはその歴史を知っています。だからこそあのリンゴが、Appleだとわかるのです。

スティーブ・ジョブズは、創業当時からこのブランドイメージの重要性を誰よりも理解していました。
「Apple製品を持っていることが、ステータスになる」
「他人に自慢したくなるデバイス」
「最高に洗練されたクールなデザイン」
事実、それらのイメージは定着し、Appleは現在も世界最高の時価総額企業でいます。

会社が検討を繰り返しながら設計する「デザイン」と異なり、「ブランド」の価値を見出すのは消費者です。消費者の多くがAの商品を高級なものと見做すようになれば、Aは高級ブランドとなるのです。非常に熱烈な支持者にもなると、デザインが良いから、性能が良いから商品を買うのではありません。その企業が作っているから、その商品を購入するのです。

商標とは

事業者が、自己(自社)の取り扱う商品・サービスを他人(他社)のものと区別するために使用するマーク(識別商標)のこと。
(出典)特許庁「商標制度の概要

Appleに限らず、長い年月を掛けて信頼と安心を積み上げてきた企業の商標は、私たちに馴染み深いものばかりです。TOYOTAやHONDAのロゴは、名前を聞いただけで頭のなかに思い浮かぶでしょう。他にもクロネコヤマト、コカ・コーラ、AmazonやGoogleなども、名前を聞いただけでそれぞれのマークが連想されます。これが強い商標です。商標権は、この商標を保護することにより、積み上げてきた業務上の信頼を保護する目的があります。

ブランドを悪用した詐欺行為

偽造品生産

偽造品は意匠と商標とを模造する悪質な行為です。これはいわば人気のただ乗りです。企業が積み上げてきたブランドを流用して不当利益を得るのです。これは消費者に対する詐欺だけでなく、企業ブランドをも損なわせる重大な犯罪行為です。

フィッシング詐欺

ブランドの悪用はインターネット上でも行われています。攻撃者はAppleやAmazon、銀行のログインページに酷似した偽物のサイト作成して利用者を誘導します。サイトを信頼する利用者は、普段と変わらず、ログインページでIDとパスワードを入力しますが、その情報は攻撃者の元へと送られるのです。2016年02月に確認されたAmazonのフィッシングサイトは、本物のAmazonページと非常に酷似したURLを取得し、犯行に及んでいました。